メールマガジン発行中

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● インターネットを加速する既存マスメディア
          −−『2ちゃんねる』をつぶす方法

                   諸野脇 正@インターネット哲学者
                  【e-Mail】 ts@irev.org
                  【Web Site】 http://www.irev.org/
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■ 『うがやジャーナル』が悪いハッカーに?
 
 私は、次の文章で烏賀陽弘道氏のホームページの文章について論じた。
 
  ●烏賀陽氏が朝日新聞社を辞めた理由
   http://www.irev.org/shakai/ugauga.htm
 
 この文章を載せたメールマガジンを発行した翌朝、烏賀陽氏のホームページを見に行こうとした。
 
  ◆うがやジャーナル
   http://ugaya.com/index.html
 
 しかし、なぜか、表示されない。
 『うがやジャーナル』がダウンしているのだ。
 

 『うがやジャーナル』がダウン?
 なぜ?
 私のマガジンの読者が殺到してダウンしたのか?
 それとも、悪のA社のハッキング攻撃か?
 
 
 『うがやジャーナル』に何が起こったのか。
 烏賀陽弘道氏の身に何が起こったのか。
 
 
■ 『週刊現代』が烏賀陽氏を記事に
 
 『うがやジャーナル』に何が起こったのか。
 次の記事が『週刊現代』(7月19日号)に載ったのである。
 
  ●「さらば朝日新聞!」この会社は病んでいる
           −−名物記者が退社ぶちまけ
 
 この記事が発表されたため、アクセスが殺到したのである。
 アクセスが殺到して、サーバーがダウンしてしまったのである。
 この記事の影響で、『うがやジャーナル』のアクセス数は激増した。この記事が出る前の『うがやジャーナル』のアクセス数は一日30程度であった。しかし、この記事が出てから、アクセス数が最大2万にもなった。
 
 
■ 実験としての烏賀陽氏の文章公開
 
 烏賀陽氏は何をしたのか。ホームページに次の文章を公開したのである。
 
  ●なぜ朝日新聞社を辞めたのか・その1
   http://ugaya.com/column/taisha1.html
  ●なぜ朝日新聞社を辞めたのか・その2
   http://ugaya.com/column/taisha2.html
 
 そして、退職を知らせるメールを知り合いに送ったのである。上の文章を紹介する形で送ったのである。(私は、このメールで烏賀陽氏の退職を知った。)
 つまり、烏賀陽氏は大筋でホームページに自分の文章を公開しただけなのである。
 これは一種の実験になっている。優れた文章をインターネット上で公開するとどうなるかという実験である。優れたコンテンツをインターネット上で公開するとどうなるかという実験である。
 どうなったのか。ホームページに公開しただけで、烏賀陽氏の文章は浮かび上がった。万単位のアクセスを集めたのである。
 まず、『週刊現代』が上の烏賀陽氏の文章を利用して記事を書いた。インターネット上の「事件」を記事にした。
 この記事をきっかけに、インターネット上でも行動が起こった。たくさんのリンクが烏賀陽氏の文章に張られた。そして、リンクを通して、多くの人が烏賀陽氏の文章にアクセスした。烏賀陽氏の文章が、多くのリンクによって紹介されたのである。
 これは、リンクによる評価がおこなわれたと考えてよい。インターネットの評価機能が働いたのである。
 私は、この機能について次の文章で論じた。
 
  ●ノーベル賞が無かったらキャベツ男だった白川博士
            −−インターネットの評価機能
   http://www.irev.org/shakai/nobel.htm
 
 この文章で論じたインターネットの評価機能が、烏賀陽氏の文章にも働いた。インターネットには、優れたコンテンツを浮かび上がらせる機能があるのである。
 だから、大筋は、上の文章で論じた通りでよい。
 しかし、今回の烏賀陽氏の事例には、上の文章で論じていない特徴がある。『週刊現代』が関わっている点である。既存のマスメディアが関わっている点である。
 既存マスメディアは、どのような影響をインターネットに与えているのか。
 インターネットと既存マスメディアとは、どのように影響を与えあっているのか。
 
 
■ 「ネオむぎ茶」事件
 
 上の場合、既存マスメディアによって、インターネット上の文章が紹介された。その紹介によって、その文章が注目された。ホームページが注目された。既存マスメディアに紹介されることによって、ホームページへのアクセスが激増したのである。
 この事例と同様の事例がある。典型的な事例がある。
 インターネット上の巨大掲示板の『2ちゃんねる』である。
 
  ◆2ちゃんねる
   http://www.2ch.net/
   
 『2ちゃんねる』は、既存マスメディアで紹介される度にアクセス数を増やしている。事件が起こる度に、アクセス数を増やしている。
 例えば、「ネオむぎ茶」事件である。
 佐賀バスジャック事件の犯人が『2ちゃんねる』で「犯行声明」と言われる書き込みをしたのである。次のようにである。
 

 佐賀県佐賀市17歳・・・。
 1 名前: ネオむぎ茶 投稿日: 2000/05/03(水) 12:18

 ヒヒヒヒヒ
 
 
 この書き込みが犯人によるものだと分かり、既存マスメディアに『2ちゃんねる』が大きく取り上げられた。ニュースステーションなどで大きく報道されたのである。
 
  http://usagi.tadaima.com/2chbbs/index.html
 
 この報道によって、『2ちゃんねる』は大きくアクセス数を増やした。『2ちゃんねる』は一般的に知られる存在になっていった。メージャーなホームページになっていった。
 
 
■ 日本生命「仮処分申立」事件
 
 別の例を見てみよう。
 日本生命が『2ちゃんねる』内の書き込みの削除を要求する「仮処分申立」をした事件である。(注1)
 

 日本生命が「2ちゃんねる」内に、職員に関する誹謗中傷が書き込まれていたとして、スレッドの削除を求めた仮申請を行ったというニュースが流れたのは、二〇〇一年三月下旬のことであった。この誹謗中傷とは、これに先立つ同年一月末に保険業界板に書き込まれた、ある日本生命職員に関する職場内での愛人スキャンダルを指していた。
 ……〔略〕……
 あらためてネットレイティングスの調査を引いてみると、二月に約四十万人だったユニークオーディエンス数が三月には約五十八万になり、翌四月には一気に百四十九万人に激増する。この呼び水になったのが、日本生命による「2ちゃんねる」への仮処分申請だった。(注2)
 
 
 事件の前には四十万人だった「オーディエンス数」が、事件の後には百四十九万人になっている。三倍以上になっている。まさに急増である。
 この急増には、既存マスメディアが大きく関わっている。新聞・テレビなどでニュースとして報道されることによって、『2ちゃんねる』自体が注目を浴びたのである。
 このように既存マスメディアに報道されるような事件が起こる度に、『2ちゃんねる』はアクセス数を増やしてきた。テレビで報道される度に、アクセス数を増やしてきた。
 
 
■ 『2ちゃんねる』を育てたのはテレビ
 
 だから、次のように言える。
 

 『2ちゃんねる』を育てたのはテレビなのである。
 
 
 『2ちゃんねる』に関係した事件が起こる度に、テレビは『2ちゃんねる』の宣伝をしてきたのである。(テレビの側には、そのような意識は無かったのだろうが。)
 テレビでは、『2ちゃんねる』を化け物のように捉えて報道していることがある。とてもあやしい場所として報道していることがある。しかし、その「化け物」を育てたのはテレビ自身なのである。
 
 
■ 既存マスメディアの報道でインターネット上の事件を知る
 
 インターネット上で事件が起こることがある。事件が起こっても、それは一般には広く知られていないことが多い。
 実際には、既存マスメディアによる報道で、初めてインターネット上の事件を知る者が多いのである。(インターネットの利用者でも、そうであることが多い。)そして、その報道によって事件を知った者がインターネット上でさまざまな行動を起こす。
 烏賀陽氏の文章の場合もそうであった。烏賀陽氏が先の文章を発表したのは、七月一日である。しかし、リンクが数多く張られるようになったのは七月七日以降である。
 そう。『週刊現代』に記事が載った日以降なのである。『週刊現代』が七月七日に発売された以降なのである。
 インターネット上の情報が既存マスメディアに取り上げられる。その報道によって情報を知った者がインターネット上で行動を起こす。その行動によって情報を知った者が、さらに行動を起こす。
 このようなダイナミックな過程があるのである。
 このような過程にご注目いただきたい。
 
 
■ つぶれかけた『2ちゃんねる』
 
 『2ちゃんねる』がつぶれかけたことを読者の皆さんはご存じであろう。
 サーバーの維持が出来なくなりかけたのである。
 つまり、こういうことだ。
 『2ちゃんねる』というサイトは、どこかのサーバーにある。このサーバーを借りる代金は誰かが払わなくてはいけない。(また、回線の使用料も誰かが払わなくてはならない。)この代金が払えなくなった場合、『2ちゃんねる』はつぶれる。
 『2ちゃんねる』は、料金が定額制のサーバーと契約している。つまり、アクセスが殺到して、データーの転送量がいくら増えても、定額を支払うだけでいい。しかし、その転送量が増えた分は誰かが負担しているのである。サーバー業者が負担しているのである。(注3)
 そうなると、どうなるか。サーバー業者が苦しくなる。『2ちゃんねる』との契約を打ち切ることになる。『2ちゃんねる』をたたき出さないと、自分がつぶれかねないのである。
 このような原理で、『2ちゃんねる』は何度もサーバーからたたき出されてきた。現在のサーバー業者は、5社目の業者である。(注4)
 
 
■ 『2ちゃんねる』をつぶす方法
 
 『2ちゃんねる』の構造をお分かりいただけたと思う。
 また、既存マスメディアの影響力をお分かりいただけたと思う。
 この二つをふまえて、『2ちゃんねる』をつぶす方法を考えよう。何をしたら、『2ちゃんねる』をつぶすことが出来るか。
 

 テレビで『2ちゃんねる』を褒めまくる。
 
 
 全ての番組に『2ちゃんねる』のコーナーを作ろう。そして、『2ちゃんねる』を褒めまくろう。「この番組については〜のスレッドで祭りをやってます。(藁)」などとテロップを流そう。
 このように『2ちゃんねる』を褒めまくれば、アクセス数が急増する。テレビが本気になれば、『2ちゃんねる』のアクセス数を十倍以上にすることも可能であろう。
 このアクセス数の増加に『2ちゃんねる』は耐えられないであろう。
 現在、数百万のサーバー代が数千万円になってしまうのである。(注5)
 こうなれば、『2ちゃんねる』はつぶれるはずである。テレビによる褒め殺しで『2ちゃんねる』はつぶせるのである。
 こんな「愉快」なつぶされ方をされれば、管理人のひろゆき氏も本望であろう。(念のために書く。これは原理を説明するための例である。私は『2ちゃんねる』をつぶしたい訳ではない。)
 
 
■ インターネットをドライブする既存マスメディア
 
 既存マスメディアの影響力は大きい。
 『2ちゃんねる』を育て、『2ちゃんねる』をつぶせる位に大きい。
 もちろん、『2ちゃんねる』は、テレビの影響なしでもアクセス数を増やしたであろう。巨大掲示板になったであろう。しかし、テレビの影響なしでは、だいぶ時間がかかったであろう。
 烏賀陽氏の文章についても同じことが言える。
 『週刊現代』の報道なしでも、烏賀陽氏の文章はアクセスを集めたであろう。しかし、だいぶ時間がかかったはずである。
 既存マスメディアの報道がインターネット上の情報を浮き上がらせている。
 既存マスメディアの報道がインターネットの成長を加速している。
 既存マスメディアがインターネットをドライブしているのである。
 
                       (2003年9月7日)
 
(注1)
 
 「仮処分申立」をした段階で、日本生命がスレッドの削除まで求めていたかどうかははっきりしない。最終的に、東京地裁が削除を認めたのは個々の書き込みである。
 
 
(注2)
 
 井上トシユキ・宮前.org『2ちゃんねる宣言 挑発するメディア』文藝春秋、2001年12月、171ページ・201ページ
 
 
(注3)
 
 管理人の西村ひろゆき氏は言う。
 
サーバー屋さんに、ほとんど赤字をかぶるような感じでやって頂いているんで。『2ちゃんねる』自体の運営っていうのは、サーバー維持費とは切り離されているんです。で、切り離された残りの部分に関しては、広告収入とか、多少お金が回ってるとこがあるんで、そこの管理やってますけど。でも本来は、サーバーも含めると相当な赤字なんです。回線使用料が。いま、ちょっとサーバーのアクセス数が多すぎて困っているんですよ。〔同、257〜258ページ〕
 
 サーバー業者は、なぜ「赤字をかぶる」のか。
 「赤字をかぶる」代わりに、業者の広告を『2ちゃんねる』に載せてもらっているのである。バーター取引なのである。
 
 
(注4)
 
 西村ひろゆき氏は言う。
 
西村 たぶん「2ちゃんねる」の運営の一番難しいところで、僕がたまたま運が良くて越えられたものがあるとしたら、サーバーの運営工学だって言ってんですよ。その能力が他の人には欠けていたっていう。
−−サーバーの運営って、そんなに難しいんですか?
西村 いや。技術的な問題じゃなくて政治的な話で。潰れそうになったときに、その潰れる前に他のサーバー屋さんとちゃんと契約して移行もしているかっていう。べつに技術どうこうは関係なく。単に潰れそうになったときにいかにこう、潰れないようにこう、交渉を引き延ばして、引き延ばしているあいだに新しいサーバーと契約して、こう移転をするかという。
−−具体的にはどうやっていたんですか? 秘訣とかあったの?
西村 いや。普通に電話する(笑)。今まで使ったサーバーは四社、五社。五社使って。で、四社は全部喧嘩別れ。
−−なんで喧嘩になっちゃったの?
西村 転送量が多いので。〔同、119〜120ページ〕
 
 
(注5)
 
 西村ひろゆき氏は月間のコストについて次のように言う。
 
たぶん、三百万、四百万ぐらいですかね。昔は百万ぐらいだったんですけど、いまアクセスが増えちゃって。黒三角付きの三百万ぐらいでしょうか。〔同、276ページ〕
 
 これは、約二年前の話である。現在は、コストがもっと増えているはずである。仮に、八百万円としよう。
 テレビによる「褒め殺し」でアクセスが急増して、コストが八千万になったとする。
 問題は、このコスト増にサーバー業者が耐えられるかどうかである。
 サーバー業者から見れば、これは広告費の増加である。今までの十倍の広告費をかけて自社のサーバーを宣伝したのである。
 当然、広告費の増加に見合う増収が必要である。しかし、テレビを見てやって来た一般的な人間は、あまりサーバーを借りないであろう。広告費の増加に見合う増収は得られないであろう。だから、このコスト増にサーバー業者は耐えられない可能性が大きい。
 つまり、『2ちゃんねる』には急激なアクセス増加を利益に変えるビジネスモデルが出来ていなかったのである。
 もし、そのビジネスモデルがまだ出来ていないならば、「褒め殺し」によって『2ちゃんねる』はつぶされるはずである。

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 ◆インターネット哲学【ネット社会の謎を解く】◆ 44号掲載
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烏賀陽氏が朝日新聞社を辞めた理由

【議論に勝つ原則 1】 対等の感覚を持て