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● イラク日本人人質事件を考えるための論理

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● イラク誘拐犯をどう説得するか

                    諸野脇 正@インターネット哲学者 

                  【e-Mail】 ts@irev.org
                  【Web Site】 http://www.irev.org/
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■ 犯人は高遠菜穂子氏を殺せない
 
 今現在、イラクにおいて誘拐された三人の日本人の安否は不明である。(4月13日午前2時)
 犯人が、三人を焼き殺すとした期限は既に過ぎた。
 しかし、私は三人の生存を信じている。犯人は三人を殺せないはずである。人質に高遠菜穂子氏が入っているからである。
 高遠氏は、イラクのストリートチルドレンを救う活動をしてきた人物である。イラクのストリートチルドレンの母親の代わりをしてきた人物である。いわば、イラクのマザーテレサである。
 
  ● イラクの子供を抱く高遠氏の写真
   http://www.morizumi-pj.com/iraq5/08/l/iraq_2003_12_07-057.jpg
 
 このような人物を犯人は殺すことが出来るのだろうか。焼き殺すことが出来るのだろうか。出来るはずがない。文化を持った人間の社会においては、そのような行為は許されない。もちろん、イラク人社会においても許されない。だから、犯人が、そのような行為をおこなえば、イラク人社会から孤立するはずである。非難の嵐にさらされるはずである。
 犯人は、日本人に憎まれることはそれほど怖くない。しかし、イラク人に非難されることは怖い。イラク人社会から孤立することは怖い。
 だから、犯人は高遠氏を殺せないはずである。
 三人は、それぞれ何らかイラク市民のためになる活動していたのである。
 このような人達を殺すことは大変困難である。
 
 
■ アリストテレスの弁論術
 
 三人は殺せない人達である。殺してはならない人達である。何らかイラク市民のためになる活動をしていた人達である。
 しかし、犯人がその事実を知らなかったらどうであろうか。間違って三人を殺してしまうかもしれない。
 だから、我々は犯人を説得しなくてはならない。〈三人を殺してはいけない〉ことを犯人に伝えなくてはならない。思いしらせてやらなくてはならない。
 そのために、どうすればよいのか。
 アリストテレスは、次のような説得の原則を挙げている。(注1)
 

 強い論拠ほど前に出せ。
 
 
 一番強い論拠を一番先に出すべきだと言うのである。
 これは重要な原則である。有効な原則である。
 今回の事件においても、アリストテレスの原則は有効である。犯人を説得するために役立つ。
 では、具体的に何をすればよいのか。
 

 〈高遠氏はイラクのマザーテレサだ〉という事実を犯人に伝えればよい。
(注2)
 
 
 これが一番強い論拠である。
 だから、この事実を犯人に伝えればよい。
 高遠氏は、イラクのストリートチルドレンを救う活動をしているのである。その事実を犯人に知らせればよい。事実を知れば、殺すことは出来なくなる。
 
 
■ ストリートチルドレンを救ってきた高遠氏の活動を伝えよう
 
 アルジャジーラなどの犯人が見ているメディアで、高遠氏の活動を紹介してもらおう。この場合、絶対に映像が必要である。シンプルな事実を多くの人に伝えるためには、映像が有効である。
 高遠氏がイラクのストリートチルドレンを抱擁しているビデオがある。それを使うべきである。そうすれば、高遠氏がイラクの子供の味方だというシンプルな事実が犯人に伝わる。
 もちろん、既にアルジャジーラへの働きかけがおこなわれている。
 

 イラクの邦人人質事件で拘束された、高遠菜穂子さんがバグダッドで活
動する姿を撮影したビデオテープが10日、NGO「日本国際ボランティ
アセンター」(JVC)スタッフらによって、カタールの衛星テレビ「ア
ルジャジーラ」のバグダッド支局と東京支局に届けられた。JVCは、高
遠さんとの交流があり、「イラクの人々のことを真剣に考え、イラクの子
どもたちの支援を続けていた人。早く解放して」との犯人グループあての
メッセージを添え、同テレビでの放映を要請した。

 ビデオはいずれも十数分程度。昨年、JVCスタッフが撮影したものと、
高遠さんとイラクで親交のあった日本人ボランティアが撮影したもので、
路上生活の子どもらに食料や文房具などを支給したり、アラビア語でイラ
ク人らと交流を深める高遠さんの姿が収められているという。
 
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2004/04/11/20040411ddn041030057000c.html
 
 このような働きかけの結果、アルジャジーラなどのメディアで高遠氏の活動が報道された。
 テレビを見たイラク人は次のように言う。
 

 サマワ市内で無職ハルビィ・アブターンさん(65)は「テレビで(人
質の)高遠さんが、イラクの子供を抱きしめる姿を見て涙があふれた。3
人を人質に取るなんて、人間のすることじゃない」と話した。
 
http://www.asahi.com/international/update/0412/005.html
 
 テレビの報道によって、高遠氏の活動がイラクの市民に伝わっていることが分かる。「イラクの子供を抱きしめる姿を見て涙があふれた」のである。明らかにアブターン氏は、高遠氏に好感を持った。そして、犯人に対しては「人間のすることじゃない」と強い反感を持った。
 犯人もその報道を見たであろう。また、高遠氏誘拐に対するイラク市民の反応も知ったであろう。
 この状態で、高遠氏を殺すことは不可能である。
 
 
■ イラクの子供が「僕を代わりに人質にして」
 
 高遠氏に助けられたモハメド・フセイン君は次のように言っている。
 

 ナホコが人質? 僕を代わりに人質にしてナホコを解放してあげて。
 
http://www2.asahi.com/special/jieitai/houjin/TKY200404120179.html
 
 この時のモハメド君の様子は次のようであったと言う。
 

 ナホコが人質と知ってフセイン君は動揺して、目を真っ赤にして僕に何
ができる、何でもすると言ってきた。
 
 
 イラクの子供が「目を真っ赤にして」「解放」を訴えているのである。「ナホコ」はイラクの子供の味方なのである。
 イラク人も「ナホコ」の「解放」を望んでいる。これは強い論拠である。
 何としても、この事実を犯人に伝えなくてはいけない。幸い、モハメド君を見つけたイラク人通訳バスマン・アルジャレリ氏も同じように考えているようである。「アルジャジーラに連れて行き放送してもらおうと思う」と言っている。これで犯人にこの事実が伝わる。
 これでも高遠氏を殺せるか。
 犯人は、絶対に高遠氏を殺せない。
 
 
■ インターネットの利用を考えよう
 
 少し心配なことがある。
 私は、この文章を書くためにインターネットを検索した。高遠氏の活動を紹介する写真・ビデオを探したのである。しかし、ほとんど見つからなかった。インターネット上に、高遠氏の活動を紹介する写真・ビデオがほとんど公開されていないのだ。これではいけない。(注3)
 

 写真・ビデオをインターネット上で公開するべきである。そして、それを
転載自由にするべきである。
 
 
 そうすれば、多くの人がその写真・ビデオを使って働きかけをすることが出来る。さまざまなメディアがそれを利用して報道をおこなうことも出来る。
 インターネットで情報を公開すれば、思いもよらない形で情報が広がる。例えば、その情報を利用して、現地のイラク人が救出活動してくれるかもしれない。
 次の現地イラク人の活動を見ていただきたい。
 

 スレイマンさんは高遠さんの到着を待ち続ける子供たちを見かね、米軍
と武装勢力の衝突が続くファルージャやラマディ周辺で、犯人グループに
人質の早期解放を呼びかける写真付きのビラ1500枚を配った。犯人グ
ループが最終期限と設定した11日までに5000枚を配り、解放を求め
る。

 ビラは、拘束された3人の日本人の中に高遠さんがいたとしたうえで、
高遠さんの活動について「ホームレスとなったイラクの子たちに、自分の
お金でご飯を食べさせ、衣服を与え、面倒を見ていた」と紹介。「日本人
のイラク人に対する愛情を体現していた」と説明し、「『日本の菜穂子お
母さん』を子供たちは待ち続けている」と、3人の解放を訴えている。
 
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2004/04/10/20040410dde041030047000c.html
 
 イラク人が直接、「早期解放を呼びかける写真付きのビラ」を配っている。犯人が潜んでいると考えられるファルージャ周辺で配っている。これは効果があるであろう。
 このスレイマン氏は、高遠氏と直接関係があるから、高遠氏の活動の写真を持っていた。一般のイラク人はそのような写真を持っていない。だから、このようなビラを作ることは出来ない。
 しかし、インターネット上で写真を公開しておけば、どうであろうか。一般のイラク人がビラを作ることも出来るようになる。さらに、印刷して部族長に見せてくれる人がいるかもしれない。
 インターネット上に情報を公開すれば、思いもよらない形で情報が広がる可能性がある。
 この事実を意識するべきである。
 インターネットの利用を考えるべきである。
 
 
■ 弁論術の意義
 
 犯人は、高遠氏を殺せないはずである。恵まれない子供を救うボランティアをしている女性を焼き殺すことは出来ないのである。
 しかし、我々の弁論の仕方がまずく、犯人にその事実が伝わらなかったら、最悪の事態を招いてしまうかもしれない。高遠氏は殺されてしまうかもしれない。
 そのような最悪の事態を防止するために、弁論の技術は大切である。
 まず、意識するべきは次の原則である。
 

 強い論拠ほど前に出せ。
 
 
 イラクのメディアで、高遠氏が子供を救っている写真・ビデオを流すべきである。高遠氏に助けられた子供にテレビで証言してもらうべきである。そして、それを繰り返し放送してもらうべきである。
 強い論拠ほど前に出すべきなのだ。
 既に、多くの有志が、そのような活動をしている。高遠氏の活動をイラク市民に知らせようとしている。すばらしいことである。
 我々は、弁論において愚かであってはならない。それでは、不当な行為を防止できない。不当な行為がおこなわれるのを指をくわえて見ていなくてはならなくなる。それは悲しいことである。
 正義を実現するにも技術が必要なのである。その技術が弁論術である。
 私は、弁論術が有効に使われ、三人の救出活動がおこなわれることを願っている。
 そして、現在、大筋で有効な救出活動がおこなわれていることをうれしく思っている。
 
                       (2004.4.15.)
 
 
(注1)
 
 アリストテレスには次のような弁論関係の本がある。
 
 『弁論術』(岩波文庫)
 『トピカ・詭弁論駁論』(アリストテレス全集2 岩波書店)
 
 
(注2)
 
 イラクでは、「マザーテレサ」という文言が宗教上の理由で不適切である可能性もある。その場合は、別の文言を考えるべきである。
 
 
(注3)
 
 唯一見つかったのが、この文章の最初で紹介した画像である。
 次のサイトで公開されていた画像を使った。
 
  ◆ 森住 卓 ホームページ
   http://www.morizumi-pj.com/
  
 森住氏に敬意を表したい。


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 ◆インターネット哲学【ネット社会の謎を解く】◆ 49号掲載
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