■ 雑誌『熟女通信』
ある時、私は本屋で本を見ていた。
その本屋は、奇妙な本の置き方をしていた。目の前には一般書籍がある。しかし、下に目を落とすと、なぜかアダルトの雑誌が平積みされているのである。(一般書籍を買うふりをして、アダルト雑誌を買えるようにするためか。)
ふと、目を落とすと雑誌のタイトルが目に入った。
哲学的な疑問が頭に浮かぶ。
「熟女」って、どんな人なのか。やはり、おばさんではないのであろう。おばさんでは、普通は興奮しないであろう。
「熟女」という語の指示対象が分からないのである。指示対象を確かめたい。
私は、ふらふらと、哲学的な興味からこの雑誌を手に取ろうとした。
しかし、直ぐに思いとどまった。
ちょっと待て、私の学生に見られるかもしれないぞ。そうなったら、どうなる。
いや、違うんだ。哲学的な興味で、ついふらふらと手に取っただけで……。語の指示対象を……。
だめだ。
説明すればするほど怪しくなる。
これは危険である。『熟女通信』を、ここで手に取る訳にはいかない。
哲学者が「熟女好きだ」と噂が立っては困るのである。
■ 読者からのご指摘
私は次の文章で、〈インターネット上への人口の集中が多様性をもたらす〉ことを論じた。
●インターネット50億人集中論
この文章に対して、読者のY氏から次のようなメールをもらった。
インターネットは確かに大都市です。「マイナーな嗜好」でも、「その嗜好を持っている人の総数にすればかなりの数にな」ります。
更に匿名性があるので、「マイナーな嗜好」を持つ人たちでも「コミュニティーが作れる」のではないでしょうか。いくらその種の趣味を持つ人がたくさんいても、顔を見られては〈耳フェチ〉の仲間は集まれないと思います。ちょっと恥ずかしいでしょうから。「人口の集中によって」だけでは語れないのではと思いました。
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また、b_51氏も次のように言う。(『Re:「インターネット哲学」』2003.6.27.)(注1)
氏の仰るように「人口集中により少数派でもコミュニティーを築ける」という点は確かにありますが、この文章にはもう一つインターネットの重要な側面が含まれています。
それは“匿名性”です。
例えば、以下〔原文のママ〕に大きな都市ですごい数の人間が集中していたとしても、リアルワールドではこういったいわゆる「恥ずかしい趣味」のコミュニティーは築きづらいでしょう。
作ったとしても、おおっぴらに宣伝しづらいでしょうし、新たに参加するのにも勇気が必要です。
しかし、インターターネットの匿名性があれば、気軽にコミュニティーを作ったり宣伝したり参加したり出来ます。
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お二人には、重要な論点を指摘していただいた。
お礼を申し上げる。
お二人のご指摘に大筋で賛成である。「匿名性」は重要な要因である。
■ インターネット上のサイト『熟女通信』
もう一度、先の例を考えよう。
私が、書店ではなく、インターネットで『熟女通信』に出会ったらどうであろうか。ネットサーフィンをしている途中で『熟女通信』というサイトを見つけたらどうだろうか。
私は見ることをためらわないであろう。直ぐにクリックするであろう。「熟女」という語の指示対象を確認するであろう。
それは、学生に見られる可能性が無いからである。「匿名性」があるからである。「匿名性」があるから、『熟女通信』というサイトにアクセスできるのである。そして、これは〈耳フェチ〉サイトについても同様である。
だから、〈耳フェチ〉コミュニティーが成立するために「匿名性」は重要な要因である。
マイナーな嗜好のコミュニティーが出来るためには様々な要因が関わっている。
前回の文章は、その中心である「人口の集中」だけを論ずる文章であった。両氏は、その先を考えて下さった。つまり、「匿名性」の問題である。
「現実世界」においては私は『熟女通信』を見ることが出来なかった。しかし、「インターネット世界」ならば、見ることが出来る。それは「匿名性」があるからである。
■ 多様なコミュニティーの成立要因
多様なコミュニティーの成立要因には何があるのか。おおざっぱに言って次のような要因がある。
1 「人口の集中」
2 「アクセス可能性」
3 「匿名性」
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詳しく論じよう。
1 「人口の集中」が重要である。これが基礎条件になる。「人口の集中」により、マイナーな嗜好のコミュニティーでも、かなりの数の参加者が得られるのである。コミュニティー活動を可能にする「総数」が確保できるのである。これは上の『インターネット50億人集中論』で論じた。
2 「アクセス可能性」が重要である。仮に、情報があったとしても、アクセス出来なければそれは無いも同然である。インターネットでは、リンク・検索によって、情報に容易にアクセスすることが可能である。つまり、「耳フェチ」という語を検索すれば、容易に〈耳フェチ〉サイトが発見できる。(注2)
このようなリンク・検索の機能については次の文章で論じた。お読みいただきたい。
●
ノーベル賞が無かったらキャベツ男だった白川博士
−−インターネットの評価機能
●
モーニング娘とドナドナで検索エンジンを分析する
−−人による評価をロボットで集めよ
3 「匿名性」が重要である。実名を明かして活動するには恥ずかしい趣味がある。また、恥ずかしくないにしても、全人格的につき合うのは面倒なものである。人格の一部分でつき合う方が楽である。「匿名」でつき合う方が楽である。「匿名」ならば、軽くつき合うことが出来る。「匿名」だからこそ、コミュニティーが作りやすいことがある。
■ インターネットの「匿名性」を活用して、『熟女通信』を見るぞ!
私は長い間『熟女通信』のことを忘れていた。
その間に時代が変わった。インターネットが出来たのだ。インターネットのおかげで「匿名性」がある形で、情報を見られるようになったのだ。
インターネットなら、『熟女通信』を見ても、誰にもばれないぞ。(たぶん、もう、ものすごくばれています。)
ようし。『熟女通信』を見に行くぞ!
グーグルで「熟女通信」を検索するぞ!
皆さんは、特に「熟女」に興味は無いと思う。私も、普通の意味では興味は無い。
しかし、『熟女通信』のことを、ぜひ覚えておいて欲しい。
インターネットの「匿名性」と言えば、そう、『熟女通信』なのだ。(注3)
(2003年7月17日)
(注1)
メールマガジン『Re:「インターネット哲学」』は、この『インターネット哲学』に返信してくださるマガジンである。このようなマガジンが発刊されるのは、誠にインターネット的である。とても面白い。このインターネット的事態に注目していただきたい。
● Re:「インターネット哲学」
(注2)
「アクセス可能性」は、定義上「人口の集中」に含めてもよい。つまり、「人口の集中」とは、当然「アクセス可能」な範囲への「集中」のことなのである。しかし、ここでは理解のしやすさを考え、別の要因として扱った。
(注3)
私は熟女好きではない。本当である。信じて欲しい。